Reflection

毎日の気づき、反省を書き留めて...

2019年の目標

2018年は結婚して、子供が生まれ、父になった。12月31日の大晦日、休暇前に投げられた仕事の進捗が芳しくなかったので、午前10時からオフィスに行って、午後7時くらいまで働いた。正直、オフィスにいる間は仕事が手につかなかった。どうしてこんな日に働いているのかというやりきれなさがあった。でも、年明けのスケジュールを見てみると、やはりこの日にある程度進めておかなくてはならなかった。夜遅くに家に帰った。妻と子供が待っていた。妻が悲しんでいた。何日も前から、年末年始の献立を考えていてくれていた。家族でゆっくり過ごそうという計画をしていた。結婚して子供が生まれて初めての年末年始、普通のことだと思う。人生の歩み方について改めて考えさせられた。

 

・本当に大切なことだけにフォーカスすること
実は本当に大切なことはそれほど多くない
余計なことに時間を使わない
そのために、常に相手は何が欲しいのか、何を期待しているのかをいの一番に考えて、まずそこに一直線に突っ込むこと
資料をつくるとき、背景からしっかり理解して、細かい部分もきちんと把握してつくっていく。これも、大事なことかもしれないが、まず第一にやることではない。限られたリソースの中で、結果を最大化させるために、まずは最も大切な部分に直接切り込む。ここで最低水準を上回ることができたら、はじめてそうした些細な部分に手当てしていく。仕事の資料作成は大学の論文ではない。自分の知識増大のためにやっているのではない。それは余暇の時間に好きなだけやればいい
仕事が発生して/与えられて、忙しい中でこうしたメタな行動に時間を使うのは、僕だけかもしれないけど、非常に怖いこと。少しでも物事を前に進めたいと思う気持ちが、こうした行動を自然と阻む。だけど、結果的にはこのメタな行動をどれだけしっかり行えたかが、良い仕事ができるかどうかのカギを握る
人生を生きる、仕事をするなんて、一つ一つの動作を分解してみてみれば、まったく難しいことはやっていない。ただ、全体として当たり前のことを当たり前にすべてきちっとできるというのは、多くの人ができてない中で非常にバリューとなる
それは、よりシンプルに生きるということでもあって、複雑に見える世の中を生きていくうえで、非常に重要なことなんだと思う
毎日、大量のto doが押し寄せてくる。それに、優先順位をしっかりとつける。一度に二つのことは同時にできない。できそうにないことはきちんと他人に相談して、手分けしてやってもらう
常に考えるということが大事。考えることを怠ってはいけない。恐れてはいけない。大量の仕事が降ってきたときは、考えることを躊躇する。頭ににんじんをぶら下げられた馬のように、やみくもに前に失踪しようとする。そうではなくて、常に頭をつかって考える
人と競うのは不毛。自分が人よりも優位に立とうというのは、確かに物事を進める原動力になるかもしれないが、

昨年の自分のテーマが「狂」だったことを思い出す。狂の次は、大切なことだけに、なんだかステップ踏んでるなと。狂は、結局強烈な上司に引っ張られて、いちおうなんとかできたような気がする。今年のテーマは難しい。自分の主体性が求められる

本当に必要なことだけにフォーカスするためには、何かをするのではなくて、何かをしないという選択が非常に重要だと思う。ある程度の余裕をもってこそ、こうした判断がとれるようになるのだと 。一方で、これは必ずしなくてはならないということは常に頭に入れておく必要がある

 

・あくまでも他人のために生きること
優先順位の第一は家族であり、お客様であり、同僚
自分の成長やスキルを高めるために時間を使うということは、自分が他人のためにやるべきことをやったうえで初めてやるべきこと
人間は一人では生きられず、誰かの助けが必要
他人が支えてくれる、協力してくれるから、こうして毎日元気に生きられる
特に、今後死ぬまで一緒に過ごす家族については、一番大切にすること
環境が目まぐるしく変わる中で、一番支えになってくれる

 

・挑戦を楽しもう
困難にぶち当たっても、苦しい顔をしない。どれだけ失敗したって死にはしない。

 

・他人との衝突を恐れない

大切なことにフォーカスするためには、時に対立も必要

常にやることを明確にする。衝突を恐れて時間を潰すようなことはしない。進むべき方向がわからないままやみくもに時間だけ消費することは、精神衛生上良くない。恐れず、常に自分で考えて、責任を持つ覚悟を持ち、行動すること。

 

26歳になって

気づけばもう26歳。かつて入社したばかりで、これくらいの年齢の先輩がものすごく立派で、優秀で、輝いて見えたけど、どうも僕はそうはなってない。ただ、今の会社でそれなりに仕事任されて、それなりに居場所があるというのは、僕の能力の何かを認めてくれて、必要としてくれているということなんだろう。

 

それなりに貴重な経験もできた。

人生とは即ち困難なり

人生とは、まず所与のものとして困難があり、それとどうつきあっていくかであるというのが一つの見方なんだと思う。例えばひたすらに寝て、ごはんを食べて、遊んでいれば良かった幼稚園や小学生の頃は、例外的に一切の困難を感じない期間もあったが、こうした時期は、将来困難と向き合うための準備期間なんだろう。部活や受験勉強といったものは、大人になって困難に立ち向かうための良い練習台と考えられなくもない。

人生とは即ち困難であると聞くと、なんともまたネガティブな人間だと思われかねないが、実はそうでもない。事実としての人生の困難さを心から受け入れたうえで、前を向くことで、この困難に満ち溢れた人生を、いかにしてより良いものへ、後悔のないものへ変えていこうかという姿勢を持つことができる。この姿勢を持つことができれば、ちょっとやそっとの辛いことや理不尽なことではへこたれない。

人間は結局一人では生きていけず、他人との間でのgive and takeを重ねることで、その人生を成り立たせている。自分とは異なる他人との関係性の中で生きているのだから、相応の衝突だったり、自分の思うようにいかないことが当然あることだろう。それは生きていくうえで仕方のないことなので、一定のラインをもって受け入れなくてはならない。

こうして困難に満ち溢れた人生を、どのようにして楽しもうか、いかにして希望をもって歩んでいこうかというのが、人生を生きるということなんじゃないかと思う。そして、そのアプローチの方法は、十人いれば十通りなんだろうけど(また、同一人物でもその人の人生のステージによって異なるパターンも)、大まかにカテゴリーに分類することができる。例えば困難に対してProactiveに接するのか、Reactiveに接するかとう切り口が考えられると思う。前者は、自分の人生で歩む方向性なりを決めたうえで、真正面から困難にあたっていく。後者は、困難を避けつつ、自分の気持ちのいい範囲で人生をいきていく。両方ありだとおもうけど、僕はなんだかんだで前者を選ぶんだろうなと思っている。

2018年11月11日

今年の6月からは激動の日々で、本当にしんどかった。何度か会社を辞めようかと思ったけど、振り返ってみたら当然辞めなくてよかったし、なんならもっと頑張って必死こけばよかったかなとも思っている。ただ、あれが正直いまの僕の限界だったし、あれ以上無理していたら本当に身体がどうなっていたか分からないので、ひとまずは良かったのではないか。課題はまだまだあるもののそれが見えてきたことが良かったし、それに、この先の人生でどういう生き方をしていこうかというところをまた一歩深く考えられるようになったのではないかと思っている。

MBA受験、今回は本気

今年の4月でちょうど入社まる2年が経過、そして3年目がスタート。

MBA留学はいまの会社に内定したころからチャレンジしてみたいなとは思っていた。予備校に顔を出してみて、カウンセリングみたいなものをしてもらってもみた。だが、結局何もやらなかった。

今日、またカウンセリングに行ってみた。どうも日本だと入社3年目まででもまだ早いらしい。よほど、仕事で何か自分が語れるものがないとダメだと。

グローバル人材になるには、海外経験は早いうちに積んでおいたほうが良い。海外経験積んでいる上司と間近で働いていても、本当にそう思う。

2019年に出願、2020年に入学のスケジュールで、やろうと思う。自分の今後の人生を眺めてみても、このタイミングがベストなのではないかと思う。

To doはたくさんあり、大きな成長も遂げないといけない。

久しぶりに

気づいたら、昔思ってたことは、結局何もできてない。目の前のことに流されて、将来はこうなりたいとか、そういったことが全部流されてる。

 

いま幸せ?たぶん悪くないんだと思う。でもこのまま死ぬ?それはあり得ないな。

 

そろそろ動き出そうか。

金融、素晴らしき下衆の商売

為替デリバカバレッジのMDから新年の飲み会、韓国料理屋でありがたい話。

 

客に50億円損させて、謝りの面談の際にいつ殴られるかと思って左の奥歯をずっと噛みしめていたとのこと。他社では客がオフィスまで乗り込んで来て皆の前でガソリンを頭からかぶり、ここで死ぬと叫んだこと。もう一つの他社ではこれまた数十億単位で損させた客に呼び出され、面談の場で「〇〇さんには家族いるの?」と聞かれたこと。自分が売った為替デリバで大損させて、懇意の会社財務の客が家族残して失踪したこと。

リーマンショックでマーケット崩壊した際、BBBの債権が2週間でCCCに。プライスはたったの5円に。債権が5円になるのはあり得ない。謝りにいったカバレッジの女性は客前で「うちのプロダクトが全部悪いんです。こんなプロダクトなんかつくって。。。」。その後、華麗に身をかわした後にバイバック。その裏の取引でもう1億円抜いたとのうわさ。

大手商社に為替ヘッジの営業かけ。出てきた客が「あんたはこれ決めたらボーナスがつんと入ってくるのかしらんが、うちは必死こいて会社に利益出してんだ。簡単に言わないでくれ」と。言い方があまりにもキツく、さすがに耐えかねて言うこと言おうとしたが結局「分かりました」と言って帰る。人生で最悪のミーティングだったと。

金融は下衆の商売。歴史を見てもわかる。なんも難しいことしてない。四則演算ができれば可能。何も製品を生み出していない。前線で新しい価値や製品を生む会社をサポートすると銘打って、お金を融通し、手数料と鞘抜きで儲ける。

狭い世界。人数も少ない。誰についていくのか早いうちにポジション取るべき。誰についていったらもうかるか。その人に気に入られるには何をすればいいのか。繰り返しだけど、やってる内容については全く難しくない。ただただ経験と慣れの問題。Big Shortでもあったが、簡単な概念を得意の業界用語でかっこよくかつ難しくしてるだけ。

自分は下衆の商売をしてるんだと理解して、とにかくお客様に平身低頭して、お金だけもらう。馬鹿にされてもいい。そして、これは上司部下の関係も同じ。戦ってもメリット無い。はい、そうですね。わかりました。すみません、おっしゃる通りにやります。これを徹底すること。