Reflection

毎日の気づき、反省を書き留めて...

26歳になって

気づけばもう26歳。かつて入社したばかりで、これくらいの年齢の先輩がものすごく立派で、優秀で、輝いて見えたけど、どうも僕はそうはなってない。ただ、今の会社でそれなりに仕事任されて、それなりに居場所があるというのは、僕の能力の何かを認めてくれて、必要としてくれているということなんだろう。

 

それなりに貴重な経験もできた。

人生とは即ち困難なり

人生とは、まず所与のものとして困難があり、それとどうつきあっていくかであるというのが一つの見方なんだと思う。例えばひたすらに寝て、ごはんを食べて、遊んでいれば良かった幼稚園や小学生の頃は、例外的に一切の困難を感じない期間もあったが、こうした時期は、将来困難と向き合うための準備期間なんだろう。部活や受験勉強といったものは、大人になって困難に立ち向かうための良い練習台と考えられなくもない。

人生とは即ち困難であると聞くと、なんともまたネガティブな人間だと思われかねないが、実はそうでもない。事実としての人生の困難さを心から受け入れたうえで、前を向くことで、この困難に満ち溢れた人生を、いかにしてより良いものへ、後悔のないものへ変えていこうかという姿勢を持つことができる。この姿勢を持つことができれば、ちょっとやそっとの辛いことや理不尽なことではへこたれない。

人間は結局一人では生きていけず、他人との間でのgive and takeを重ねることで、その人生を成り立たせている。自分とは異なる他人との関係性の中で生きているのだから、相応の衝突だったり、自分の思うようにいかないことが当然あることだろう。それは生きていくうえで仕方のないことなので、一定のラインをもって受け入れなくてはならない。

こうして困難に満ち溢れた人生を、どのようにして楽しもうか、いかにして希望をもって歩んでいこうかというのが、人生を生きるということなんじゃないかと思う。そして、そのアプローチの方法は、十人いれば十通りなんだろうけど(また、同一人物でもその人の人生のステージによって異なるパターンも)、大まかにカテゴリーに分類することができる。例えば困難に対してProactiveに接するのか、Reactiveに接するかとう切り口が考えられると思う。前者は、自分の人生で歩む方向性なりを決めたうえで、真正面から困難にあたっていく。後者は、困難を避けつつ、自分の気持ちのいい範囲で人生をいきていく。両方ありだとおもうけど、僕はなんだかんだで前者を選ぶんだろうなと思っている。

2018年11月11日

今年の6月からは激動の日々で、本当にしんどかった。何度か会社を辞めようかと思ったけど、振り返ってみたら当然辞めなくてよかったし、なんならもっと頑張って必死こけばよかったかなとも思っている。ただ、あれが正直いまの僕の限界だったし、あれ以上無理していたら本当に身体がどうなっていたか分からないので、ひとまずは良かったのではないか。課題はまだまだあるもののそれが見えてきたことが良かったし、それに、この先の人生でどういう生き方をしていこうかというところをまた一歩深く考えられるようになったのではないかと思っている。

MBA受験、今回は本気

今年の4月でちょうど入社まる2年が経過、そして3年目がスタート。

MBA留学はいまの会社に内定したころからチャレンジしてみたいなとは思っていた。予備校に顔を出してみて、カウンセリングみたいなものをしてもらってもみた。だが、結局何もやらなかった。

今日、またカウンセリングに行ってみた。どうも日本だと入社3年目まででもまだ早いらしい。よほど、仕事で何か自分が語れるものがないとダメだと。

グローバル人材になるには、海外経験は早いうちに積んでおいたほうが良い。海外経験積んでいる上司と間近で働いていても、本当にそう思う。

2019年に出願、2020年に入学のスケジュールで、やろうと思う。自分の今後の人生を眺めてみても、このタイミングがベストなのではないかと思う。

To doはたくさんあり、大きな成長も遂げないといけない。

久しぶりに

気づいたら、昔思ってたことは、結局何もできてない。目の前のことに流されて、将来はこうなりたいとか、そういったことが全部流されてる。

 

いま幸せ?たぶん悪くないんだと思う。でもこのまま死ぬ?それはあり得ないな。

 

そろそろ動き出そうか。

金融、素晴らしき下衆の商売

為替デリバカバレッジのMDから新年の飲み会、韓国料理屋でありがたい話。

 

客に50億円損させて、謝りの面談の際にいつ殴られるかと思って左の奥歯をずっと噛みしめていたとのこと。他社では客がオフィスまで乗り込んで来て皆の前でガソリンを頭からかぶり、ここで死ぬと叫んだこと。もう一つの他社ではこれまた数十億単位で損させた客に呼び出され、面談の場で「〇〇さんには家族いるの?」と聞かれたこと。自分が売った為替デリバで大損させて、懇意の会社財務の客が家族残して失踪したこと。

リーマンショックでマーケット崩壊した際、BBBの債権が2週間でCCCに。プライスはたったの5円に。債権が5円になるのはあり得ない。謝りにいったカバレッジの女性は客前で「うちのプロダクトが全部悪いんです。こんなプロダクトなんかつくって。。。」。その後、華麗に身をかわした後にバイバック。その裏の取引でもう1億円抜いたとのうわさ。

大手商社に為替ヘッジの営業かけ。出てきた客が「あんたはこれ決めたらボーナスがつんと入ってくるのかしらんが、うちは必死こいて会社に利益出してんだ。簡単に言わないでくれ」と。言い方があまりにもキツく、さすがに耐えかねて言うこと言おうとしたが結局「分かりました」と言って帰る。人生で最悪のミーティングだったと。

金融は下衆の商売。歴史を見てもわかる。なんも難しいことしてない。四則演算ができれば可能。何も製品を生み出していない。前線で新しい価値や製品を生む会社をサポートすると銘打って、お金を融通し、手数料と鞘抜きで儲ける。

狭い世界。人数も少ない。誰についていくのか早いうちにポジション取るべき。誰についていったらもうかるか。その人に気に入られるには何をすればいいのか。繰り返しだけど、やってる内容については全く難しくない。ただただ経験と慣れの問題。Big Shortでもあったが、簡単な概念を得意の業界用語でかっこよくかつ難しくしてるだけ。

自分は下衆の商売をしてるんだと理解して、とにかくお客様に平身低頭して、お金だけもらう。馬鹿にされてもいい。そして、これは上司部下の関係も同じ。戦ってもメリット無い。はい、そうですね。わかりました。すみません、おっしゃる通りにやります。これを徹底すること。

 

2018年、いろいろ

良いのか悪いのか、基本的には悪いことだけど、年末年始は割とリラックスモード。このタイミングでしか会えない友人と会い、そしてこれまでの一年、これからの一年について考えることができた。

2018年のテーマは「狂」。もしかしたらこれは人生のテーマになるかも。将来「何者」かになるために、普通の人が普通にやる範囲を超えた部分、いうなれば異常性、これを大切にする。要は「あいつはちょっとおかしい」、「狂っている」と言われる/思われるような行動をどれだけとれるか。この部分が、普通の人との差を生み出す。受験を控えた高校3年の時も同じテーマをかかげ、実行し、結果も出した。発想のもとは先生こと吉田松陰。直近でも映画Whiplashを二度目の鑑賞。

以下、細かい目標を羅列。

■スキル

・物事に対して意見を持ち、これを整理して分かりやすく伝える能力

・金融という専門性を高める

・入説力

直接人と向かい合って、説得力をもって話せる能力

・英語

自分の意見を問題なく伝えられる

■意識すること

・健康は何よりも大切

・能力を身につけるには、経験/実体験を積むこと

・趣味は大事

・まずは自分を大切に

・プレッシャーがかかり続けるのは当たり前。逃げるのでなくて、慣れること

■分かったこと

・いま自分が身を置く外資投資銀行は、新卒の環境としてずいぶん恵まれている

■具体的に

・土日は朝、英会話を。平日も?DMM英会話をやる

・Economistを読む?