Reflection

毎日の気づき、反省を書き留めて...

Like a Rolling Stone!!

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僕はいわゆるバブル崩壊の年に生まれた。その後、失われた〇〇年を生きた。リーマンショックの時は高校の部活でサッカーばっかりやってた。欧州危機の時も大学で飲み会ばっかり行ってた。世界が七難八苦を乗り越えて、ようやく安定したタイミングに、外資系金融に入社した。入社後数年、マーケットは非常に安定していた。米国は過去最長の景気拡大期の中にあった。たまの飲み会で、先輩から、リーマンショックの時の異常なエピソードをたくさん聞かされた。お客さんに罵倒されて、電話にも出てくれなくなって、しまいにはそのお客さんが失踪して、本当かウソか、こっちのオフィスまで乗り込んで来て目の前でガソリンを頭からかぶった人も居たとか。「お前らも金融やってたら、一回くらいはこういう時期来るからな。」冗談半分で聞いていた。もう二度とこない、遠い昔の話のことだと思ってた。

一年前くらいから、少し様相が変わり始めた。金融政策の正常化が市場の大きなテーマの一つだった。FRB金利を引き上げた。米国債イールドカーブのインバートが、少し話題になり始めた。マーケットはやや軟化した。米中貿易戦争や、ブレグジットがあった。とある先輩が、「ずっと景気が良くて、正直ちょっと怖いくらいだけど、俺たちは音楽が鳴り止むまでは踊り続けるんだよな。でも最近、なんか雑音が混じってる気がするんだよな。」冗談半分で聞いていた。

少ししたら、FRBが再び利下げをした。ECBもAPP正味買取を再開した。再びマーケットが上げ潮になった。株はレコードハイを更新し続け、クレジットのスプレッドはどんどん縮小していった。多くの会社が、この良好なマーケットにあやかって、資金調達に取り組んだ。仕事は、基本的に黙ってても来るような感じだった。年次の近い人たちと、こんなことを話してた。「忙しいのはありがたいことだけど、なんだか俺たちの時代ってちょっとつまんねーな」「リーマンショックの頃とか、どんな感じだったんだろうな」「シニアは二度と経験したくないとか言ってたけど、ちょっとくらいボラがあっても良いよな」「コンプラやらリスクウエイトやら、ほんと今の金融っていじめられてるよな」。

2月になってコロナウイルスがヘッドラインに出た。金利がやや反応するようになった。しばらくしたら、香港の同僚が自宅勤務になってた。「これ香港やべーな。もう出張とか行けねーな」。市場は依然として好調だった。「潜在的なリスクといえば、6月末のブレグジット移行期間の延長期限と、年末の米大統領選ですかね。」「まあ、とりあえず年前半は、絶好調のままいくんでしょうかね。」

2月末になって、株が大きく下がった。クレジットのスプレッドも、大きくワイドニングした。日経平均が、2万円を切った。米国債10年金利が、0.5%とか、普通のアタマでは理解できない数値になった。FRBが、FOMC以外のタイミングで、50bpも利下げした。ECBも、LTROやAPPの更なる緩和パッケージを発表した。でも、市場参加者からはポジティブな反応は見えてこない。「金融政策は何も解決しない」「事態はもっと悪くなる」「今は流動性の維持に注力している」。セカンダリー市場での流動性が枯渇した。途中まで進んでた仕事も、急に止まった。マーケットの生の声を共有すべく、日々グローバルの緊急コールが開かれている。嘘か本当か、「あの会社は実は相当やばいんじゃないか。」とか、噂が飛ぶようになってきている。官僚の友だちから、平日昼間に突然連絡が来る。「久しぶり。子ども元気?ところでさー、今のマーケットってぶっちゃけどれだけヤバいの?簡単に感覚教えてよ」。

先輩から、「今年の収益やべーかもなー。今年1年間ずっとこのペースだと、今のチームの規模、間違いなく維持できないから笑」。まだ冗談半分で聞いている。ただ、これまでの感じとは何かが違う。何かが違うんだけど、まだどこかで大丈夫と思っている自分がいる。今はとりあえず、やや暇になってきたこともあって、ただただ家族との時間を楽しんでいる。

仕事だけやっていてはダメ、人生損

どっかで見たけど、仕事というのは、本当に狭い世界、論理で進む、ある意味楽チンな世界。世の中もっと広いし、もっと奥深いことはたくさんある。視野をもっと広げないとダメ。仕事だけでは、人生本当に損。また直ぐに仕事に追われる毎日が始まるんだろうけど、それでも、なんとか視野を広く持ちつつ生きたい。

 

今日、なんのことなしにとある結婚と恋愛に関する動画を見て、色々と考えさせられた。宮台さん面白い。仕事と全く違うことに没頭することは一つ手じゃないか。

久しぶり2

振り返ってみたら、宣言してきたことは何もできてない。いま、コロナで暇。人生について、ぼーっと考える。金融、特に投資銀行は、業界として、やっぱり先はそんなに明るくない。でも、目先の給料は、すごく良い。ジュニアは、本当にもらいすぎだと思う。んー。

仕事って正直全然難しいことやってない。でも、全然うまくやれてない。差を生むのは、一歩踏み出す勇気。それだけ。だったらやれば良い。

お客さんの方が全然詳しい。辛い。給料もらってる自分が恥ずかしい。

気づけば27歳。人生早い。特に社会人なってから。この業界へばりついたら、10年後しんどいのでは?あかん、でも生活水準下げる/自分の見栄(←一番しょうもないけどこれが一番)考えたら、辞められない。

とかグダグダ言ってないで、明日も笑顔で出社すれば良い。

2020年に向けて

昨年の反省が家族との時間を大切に。今年は年初の案件を2つ抱えながら、年末年始はそれなりに家族との時間を持つことができた。自分が親としての意識をより強く持つようになったというのが一つと、仕事にある程度慣れて、効率よくできるようになったということがあるのだと思う。

毎回、長期休みになると、入りかけが一番気分としてウキウキしていて、中盤から終盤にかけて、やや気持ちが沈む。自分は、やはり忙しくしているくらいがちょうど良いんだなと。飯を美味しく食べられて、夜バタンとぐっすり眠れることが、健康的な生活のバロメータの一つ。

正月休みの最終日、明日から猛烈に忙しくなる事が分かっているということもあり、それなりに精神的に沈んでいる。そんななか、活き活きと生きるということについて考えさせられる。

一つは、とにかくgiveなんだということ。人間は社会の中でしか生きられない。良い人間関係を築くというのは、非常の大事。とにかくgI veして、相手を喜ばせる。知らぬうちに、自分もいくらか気持ちよくなっている。まずは短な家族から。余裕がある分、仲の良い友達や同僚へ。

もう一つは、天職を見つけるということ。高校サッカーを見てて思ったけど、とにかく試合中活き活きと動いている選手、試合後のインタビューも、オーラが違う。これは、その子にとって天職なんだと。本当にサッカーが好きで、面白くて。仕事に本当の生きがいを感じているんだと。見つけると書いたけど、ところを変えるだけじゃない。隣の芝は青いというのは世の常。今いる土台から、しっかりと太い幹、大きく広い枝葉を伸ばしていく。小さく入って大きく抜ける。好きな言葉。

2020年、私のマインドナンバー7は総合運が一番なんだそう。今年こそは勝負の年か。どんどん前に出ていいんじゃないか。仕事もそれなりに慣れたし、いよいよ自分の本領を発揮していく段階ではないか。気分を上げて頑張ろうと思う。

2019年の目標

2018年は結婚して、子供が生まれ、父になった。12月31日の大晦日、休暇前に投げられた仕事の進捗が芳しくなかったので、午前10時からオフィスに行って、午後7時くらいまで働いた。正直、オフィスにいる間は仕事が手につかなかった。どうしてこんな日に働いているのかというやりきれなさがあった。でも、年明けのスケジュールを見てみると、やはりこの日にある程度進めておかなくてはならなかった。夜遅くに家に帰った。妻と子供が待っていた。妻が悲しんでいた。何日も前から、年末年始の献立を考えていてくれていた。家族でゆっくり過ごそうという計画をしていた。結婚して子供が生まれて初めての年末年始、普通のことだと思う。人生の歩み方について改めて考えさせられた。

 

・本当に大切なことだけにフォーカスすること
実は本当に大切なことはそれほど多くない
余計なことに時間を使わない
そのために、常に相手は何が欲しいのか、何を期待しているのかをいの一番に考えて、まずそこに一直線に突っ込むこと
資料をつくるとき、背景からしっかり理解して、細かい部分もきちんと把握してつくっていく。これも、大事なことかもしれないが、まず第一にやることではない。限られたリソースの中で、結果を最大化させるために、まずは最も大切な部分に直接切り込む。ここで最低水準を上回ることができたら、はじめてそうした些細な部分に手当てしていく。仕事の資料作成は大学の論文ではない。自分の知識増大のためにやっているのではない。それは余暇の時間に好きなだけやればいい
仕事が発生して/与えられて、忙しい中でこうしたメタな行動に時間を使うのは、僕だけかもしれないけど、非常に怖いこと。少しでも物事を前に進めたいと思う気持ちが、こうした行動を自然と阻む。だけど、結果的にはこのメタな行動をどれだけしっかり行えたかが、良い仕事ができるかどうかのカギを握る
人生を生きる、仕事をするなんて、一つ一つの動作を分解してみてみれば、まったく難しいことはやっていない。ただ、全体として当たり前のことを当たり前にすべてきちっとできるというのは、多くの人ができてない中で非常にバリューとなる
それは、よりシンプルに生きるということでもあって、複雑に見える世の中を生きていくうえで、非常に重要なことなんだと思う
毎日、大量のto doが押し寄せてくる。それに、優先順位をしっかりとつける。一度に二つのことは同時にできない。できそうにないことはきちんと他人に相談して、手分けしてやってもらう
常に考えるということが大事。考えることを怠ってはいけない。恐れてはいけない。大量の仕事が降ってきたときは、考えることを躊躇する。頭ににんじんをぶら下げられた馬のように、やみくもに前に失踪しようとする。そうではなくて、常に頭をつかって考える
人と競うのは不毛。自分が人よりも優位に立とうというのは、確かに物事を進める原動力になるかもしれないが、

昨年の自分のテーマが「狂」だったことを思い出す。狂の次は、大切なことだけに、なんだかステップ踏んでるなと。狂は、結局強烈な上司に引っ張られて、いちおうなんとかできたような気がする。今年のテーマは難しい。自分の主体性が求められる

本当に必要なことだけにフォーカスするためには、何かをするのではなくて、何かをしないという選択が非常に重要だと思う。ある程度の余裕をもってこそ、こうした判断がとれるようになるのだと 。一方で、これは必ずしなくてはならないということは常に頭に入れておく必要がある

 

・あくまでも他人のために生きること
優先順位の第一は家族であり、お客様であり、同僚
自分の成長やスキルを高めるために時間を使うということは、自分が他人のためにやるべきことをやったうえで初めてやるべきこと
人間は一人では生きられず、誰かの助けが必要
他人が支えてくれる、協力してくれるから、こうして毎日元気に生きられる
特に、今後死ぬまで一緒に過ごす家族については、一番大切にすること
環境が目まぐるしく変わる中で、一番支えになってくれる

 

・挑戦を楽しもう
困難にぶち当たっても、苦しい顔をしない。どれだけ失敗したって死にはしない。

 

・他人との衝突を恐れない

大切なことにフォーカスするためには、時に対立も必要

常にやることを明確にする。衝突を恐れて時間を潰すようなことはしない。進むべき方向がわからないままやみくもに時間だけ消費することは、精神衛生上良くない。恐れず、常に自分で考えて、責任を持つ覚悟を持ち、行動すること。

 

26歳になって

気づけばもう26歳。かつて入社したばかりで、これくらいの年齢の先輩がものすごく立派で、優秀で、輝いて見えたけど、どうも僕はそうはなってない。ただ、今の会社でそれなりに仕事任されて、それなりに居場所があるというのは、僕の能力の何かを認めてくれて、必要としてくれているということなんだろう。

 

それなりに貴重な経験もできた。

人生とは即ち困難なり

人生とは、まず所与のものとして困難があり、それとどうつきあっていくかであるというのが一つの見方なんだと思う。例えばひたすらに寝て、ごはんを食べて、遊んでいれば良かった幼稚園や小学生の頃は、例外的に一切の困難を感じない期間もあったが、こうした時期は、将来困難と向き合うための準備期間なんだろう。部活や受験勉強といったものは、大人になって困難に立ち向かうための良い練習台と考えられなくもない。

人生とは即ち困難であると聞くと、なんともまたネガティブな人間だと思われかねないが、実はそうでもない。事実としての人生の困難さを心から受け入れたうえで、前を向くことで、この困難に満ち溢れた人生を、いかにしてより良いものへ、後悔のないものへ変えていこうかという姿勢を持つことができる。この姿勢を持つことができれば、ちょっとやそっとの辛いことや理不尽なことではへこたれない。

人間は結局一人では生きていけず、他人との間でのgive and takeを重ねることで、その人生を成り立たせている。自分とは異なる他人との関係性の中で生きているのだから、相応の衝突だったり、自分の思うようにいかないことが当然あることだろう。それは生きていくうえで仕方のないことなので、一定のラインをもって受け入れなくてはならない。

こうして困難に満ち溢れた人生を、どのようにして楽しもうか、いかにして希望をもって歩んでいこうかというのが、人生を生きるということなんじゃないかと思う。そして、そのアプローチの方法は、十人いれば十通りなんだろうけど(また、同一人物でもその人の人生のステージによって異なるパターンも)、大まかにカテゴリーに分類することができる。例えば困難に対してProactiveに接するのか、Reactiveに接するかとう切り口が考えられると思う。前者は、自分の人生で歩む方向性なりを決めたうえで、真正面から困難にあたっていく。後者は、困難を避けつつ、自分の気持ちのいい範囲で人生をいきていく。両方ありだとおもうけど、僕はなんだかんだで前者を選ぶんだろうなと思っている。