読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Reflection

毎日の気づき、反省を書き留めて...

世界をつくる。(1)

面接練習にでもなればと思い、特に入社しようとも思わない、とある会計系コンサル会社の入社面接を受験してきた。最終面接ということで、年配の経験豊富な社会人の方を相手にお話ができるだろうと少しウキウキしていたのだが、結果としては少しまと外れ。戦略系のパートナー(コンサル業界では最上級の肩書き)の方ということだが、全然面接らしいことをしない。

「もう能力的な部分はこれまでの面接で良く分かってるから、ウチで本当に合っているのかというところを見ていきたいと思う。いや、正直君は採りたいよ。でも、入った後にミスマッチを感じてすぐに辞められても困るからね。」

冒頭でこの言葉。たぶん、僕は貴社に合ってない。ちなみにこれまでの選考ステップは、①筆記試験+グループディスカッション、②一対一の面接、だけ。この時点で、会社に対する不安感がいっそう高まる。外資系企業で、最近日本ブランチ(本国の会社と関係がよく分からない。)を立ち上げたばかりなのだが、いちおう霞ヶ関にオフィスを構えている。それでも面接官の方は魅力的な方で、当然ながら中途で入ってきた人間だろうが、新卒でどういった人材が集まるのだろうか。まあ、企業の心配をしていられる余裕も無いか...

 

「ウチで戦略をやろうと思っても、枠は小さいよ。第一、東大を出たからって世界では大したこと無いからね。うちにはハーバード出身もいるよ。」

まず、東大という学歴が世界で認められているなんて、人生で一度も思ったことがない。次に、ハーバードの学生だろうと、オックスフォードの学生だろうと、特段引け目を感じたことも無い。なんの意図を持って言ったのか意味が不明で、少し面食らった。

 

こんな会社の最終面接だが、散々「君は戦略系コンサルファームに言った方が良い」と勧められた後に、今後のコンサル業界の展望についていろいろと教えてもらった。

現在は変化のスピードが早すぎて、じっくり時間や費用をかけて戦略を策定することが得策でない。それゆえ、コンサル業界は変化を迫られている。そういえば、アグリゲーターの柴沼俊一さんも似たようなことを言っていた。グーグルのように、良いアイデアを、面倒な手続きに時間をかけることなく実現していく、トライ&エラーを良しとするような企業が、いま世界を牽引している。

そんな時代、コンサルで今後重要になってくるのは以下の3つの機能。

①プロフェッショナル

会計やIT、人事等、クライアントの会社が持っていない機能をそのまま提供する。

②オペレーション(プランニング)

事業で言えば、下流の仕事。戦略が、物事を大局的にとらえて大きな規模の地図を描くことに対して、戦術ともいえる部分であろうか。

イノベーション(バックキャスト)

現状分析から将来の見通しをたてることをフォアキャスト(きっとコンサルの仕事と聞いてイメージするのはこれだろう)と呼ぶことに対して、バックキャストでは、まず将来を予想して、そこから逆算して「いま何をすべきなのか」を考える。時代の変化を見見通して、会社を10年、20年先の世界にフィットさせられるよう戦略を策定する。

③について。これを聞いて、「変化が激しく、かつスピードも早いこの時代に、時代を読むことなんてできるのだろうか」と思う方がいるかも知れない。ご多分に漏れず、僕もかつてはそう思っていた。ただ、たしか去年だったか、カーライル(PEファンド)の社員の方がこう教えてくれた。

「時代の変化は、積極的に読んでいかないとだめだよね。『先の読めない時代』なんて言って思考停止してたんじゃ、それこそ時代に飲み込まれる。確かに、10年後が具体的にどんな世界になっているのかなんて、誰も分からない。ただ、『ここ』から『ここ』の範囲にあるだろうなってことは、なんとなく分かるでしょ。」

変化の激しい時代、おそらく一番楽しくて、ある意味ラクなのは、リスクの取れる組織だと思う。なぜなら、変化を自分たちでつくりだすことができるから。この点、大企業は真反対。やっぱりどうしてもそういった変化に合わせていくことが精一杯なんじゃないかな。大きな組織では、一つの選択に対して複数人が意見を出し合うことで、慎重で丁寧な決断が下せる。それは良いことなんだけど、一方でやっぱりスピード感に欠けてしまう。三菱商事の人も、日本生命の人も、「会社の判断のスピードが遅すぎる」という共通のことを言っていたことを思い出した。

僕はやっぱり、自分で変化をつくりだす側にまわりたい。「流される」ということが、小さい頃から本当に嫌い。とにかくフォロワーになりたくない。中学、高校と、「イケてるグループ」が一番苦手。大学でも、サークルやクラスなど、大勢で行動したり、飲み会をするのが好きじゃなかった。たぶんこれは、幼少期の経験に起因しているんだと思う。