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Reflection

毎日の気づき、反省を書き留めて...

世界をつくる。(2)

僕は関西の田舎、本当に小さな村で生まれた。僕が生まれた年、両隣の家でも、同じ年に男の子が生まれた。すなわち、三軒並んで、同い年の男の子が生まれたわけだ。

僕の家は坂の真ん中。

坂の上の家で生まれたKYくんは、背が高く、顔立ちもはっきりしていて男前(織田裕二にそっくり)。足が速くて勉強ができる。確か小学校ではどちらも学年で一番だったと記憶している。水泳は選手クラス。自分の意見をはっきり言える人なんだけど、それでいて嫌われるようなタイプじゃない。

坂の下の家で生まれたSYくんは、好奇心旺盛でわんぱく。幼稚園の頃、彼に連れられて何度、危険な山や川を訪れたことか。でっかいカエルや蛇を平気で素手で掴む。いつも笑っていて、愛嬌がある。カリスマ性があって、小学校では、「S(名前)様」と言われて、異性、同性含め同学年に信者がいた(ファンクラブみたいなもの)。

坂の真ん中の家で生まれた僕。運動神経、勉強ともにそこまで悪くなかったと思う。性格は三人の中で一番落ち着いている。根性、気といったところは三人の中でいちばん小さい。その他特に、特徴が無い。

お分かりだろうが、僕は三人の中でいちばん目立たない。小学校では、住所が並んでいるので、「○○(村の名前)三人衆」と呼ばれてもてはやされる。強烈な個性を持つ二人に対して、特に面白みがない僕。黙っていたら、埋もれてしまう。僕は幼少期から、常にこの「危機意識」をもって生きてきた。

KYくんは勉強もスポーツも何でもできたんだけど、僕は常に彼の実力に追いつき、追い越そうと努めてきた。SYくんは山や川での冒険が大好き。肌が弱く、かつ汚れるのが嫌いな僕はできれば家に居たかったのだが、根性なしと思われるのが嫌なので、無理して冒険に一緒にでかけていた。そうやってなんとか二人の間で埋もれてしまわないようにと努めていたのだけど、結局やってることは二人の後追い。小学校4年で東京に引っ越すまで、ついに自分の独自性といったものを見いだすことができなかった。「自分は特徴の無い人間。」このコンプレックスは、実に長い間持ち続けた。いや、中学あたりから、「自分は人より頭が良いな」という感覚は持っていた。ほとんど勉強してないのに、テストではなぜか友達よりも良い点が取れてしまう。ただ、公立学校に通うこどもにとって、「頭が良い」という個性は、決して良いことではない。勉強が異常にできると、「ガリ勉」というレッテルを貼られてしまうせいだ。そのため、学校生活では、わざと阿呆のふりをすることで、僕はこの個性を抑えることに努めていた。(勝手に、太宰治と同じだと思っている。)自分の独自性(ポジティブな独自性)を見いだすことができない。このことは、僕から「自信」というものを徐々に奪っていった。

(続きを書く)