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Reflection

毎日の気づき、反省を書き留めて...

ダチョウ症候群に陥らない

何か高みを目指して、苦しみもだえながら一生懸命に生きているのであれば、たとえどれだけ無駄に思えるような時間を過ごしたとしても、後から振り返ればそれは決して無駄な時間ではない。苦しい時(スランプと言っても良いかもしれない)は誰にでも訪れるし、それは、自分にとって心地よくない時間、つまりは、自身が持つ能力のどこかが、comfort zoneから外れた所にさらされている瞬間ということ。その環境は、まだ自分が経験したことのない場所かもしれないし、もしくは、過去にも遭遇したことはあるのだが、その時は真正面から向き合わずに逃げきることができた場所かもしれない。何はともあれ、自分にとって新しいメタモルフォーゼが求められている瞬間ということになる。

 

そんな時は、精一杯生きて、精一杯苦しめば良いと思うのだが、決してやってはいけないことの一つは、「僕はいま、すごく無駄な時間を過ごしている」といった間違えた自覚をしてしまい、その無駄な時間の重みを必要以上に深刻に捉えてしまうこと。何か自分が階段から転げ落ちてしまったという感覚を持ってしまうこと。どん底にまで落ちてしまった時、そこから這い上がるためには、とてつもない労力、特に精神的労力を要する。そのとてつもない労力に圧倒され、もはやこれは取り返しようがないという感覚を抱いてしまい、もう一度その階段を上ることをギブアップしてしまう。これが、俗に言う、「ダチョウ症候群」というものだ。

 

「階段から落ちた」というのは勘違い。順調に上に登っていけているという感覚はないのかもしれないが、それでも君は、確実にステップを踏んでいる。目指すべき高みへ向かって、歩みを進めている。人間が人生をかけて登っていくのは、デパートで見るような、まっすぐ上に連なる階段ではない。その表面を舐め回すように、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして登っていく、大きな山である。そのままぐっと上に登ることができる時もあれば、とてつもない回り道をして登っていかなくてはならない場合もある。しかし、人生80年。その歩みを止めなければ、いつかは必ず高い所に辿り着く。決して諦めてはいけない。